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【2006.09.05 Tuesday 】 author : スポンサードリンク
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摩擦を起こす為に人は両手を自由にしたのだ
人類の進化を語る上で最も奇跡に近い事は何だろうか。
きっとそれは僕達人類が二足で立ち、火を熾した事だろうね。


それからどれくらいの年月が経ったんだろうか。
僕がこの世に生まれたのは

僕がこの世に生まれて数年経った頃、僕は一つの快楽に溺れた。
畳の上でうつ伏せになり、腰をカクカクするとさ、すっげー気持ちいいの!
もちろんまだ小学生低学年だったから気持ちいいだけでその先にドロリと液体が飛び出てくる事はない。下半身が気持ち良くなってきて、そんで頭がぼぉ〜っとしてくるだけ。でもこれがたまらなかった。その頃はまだ具体的に何故そうなっているのかという理由は知らなかったけれど、頭がぼぉ〜っとなるならば理由なんて必要は無かった。男の子は誰でも何か快楽のきっかけが遅かれ早かれ訪れるわけで、それが校庭の登り棒だったり、シャワーだったりするんだけども、僕はだった、ただそれだけの話。

中学にあがってすぐに、僕は林檎を手に入れ、それをかじった。
オナニーを覚えたのだ。
それはそれは画期的で都合の良い事だった。
体勢で言えばうつ伏せという極めて無防備な構えから、仰向けになる事で視界が広がり、両親のイレギュラーな行動パターンにも柔軟に対応出来るようになった。そればかりではなく、椅子に座り机に向かっている最中に頭をぼぉ〜っとさせたい時に即座に対応出来るのだ。
 加えて言えば、その頃になると先端からドロリと汁が出る状態にあるわけで、うつ伏せで畳にこすりつける行為はあまりにも畳にたいして攻撃的すぎた。ティッシュが必要な年頃になっていたのだ。

僕は毎日のように妄想にふけた。
学校をふけてまでも妄想にふけた。
次第に僕はそれ以上の快楽は無いかと思考は巡らせた。

そうだ!僕はオナニーを覚えた事で
大地との密接な関係も今では足の裏だけなのだ。きっと何処まででも行けるはずだ。

あの娘に会いにいこう


当時住んでいた僕の家から50メートルと離れていない場所にその娘は住んでいた。小学生の頃に僕の住む田舎町に引っ越してきたその娘は僕にとっては刺激的で、加えて転校生という肩書きを背負っていた。
僕はその娘の行動パターンを把握する事につとめた

学校への登校時間
部活が終わる時間
そして 帰宅時間

それらの時間を把握する事で欲望を満たす準備は出来た。





あの娘の家の前まで行き、ドアノブにぶっかけよう



オナニーの利点を有効的に使い、且つ最大の快楽に溺れるには変態的であるが、同時にそれは芸術的でもあった。


僕はその娘の部活が終わる時間よりも先に家に帰り、その娘が帰宅するであろう時間を逆算し、河原で拾った雑誌ジャンボを小脇に抱え、家を飛び出した。
そしてその娘の家の前でジャンボを片手にオナニーをした。はじめこそ周囲が気になり、ジャンボの世界に身を投げる事が出来ずにいたが次第に周囲の音が遠ざかっていき、頭がぼぉ〜っとしてくる。



COME!いや、CAME!


勢いよく飛び出したそれらは実に見事にドアノブに付着した。そして僕は安堵した。
オナニーの後の虚しさはなく、達成感で胸がいっぱいになった。甲子園球場でよく見かけるような、球児達が悔しさを噛み締め天を仰ぐように、僕は空を見つめた。


帰宅し、僕は想像を巡らせる。
部活を一生懸命頑張ったその娘はきっと、夕飯が並んだ家族の食卓を思い浮かべ、今日の夕飯は何だろうかと、夕方から始まる大好きなテレビ番組を待ち遠しく思い、スキップで帰ったかもしれない。そして我が家に辿り着き、勢い良くドアノブを握って右に回そうとし、ぬるぽ と手にはあの感触。


指先でネチョネチョしただろうか。

匂いを嗅いだろうか。

味見したろうか。



あの日僕は大人を飛び越えて変態になった。
今でもあの日のオナニーを思い出す
どんなにいい女を抱いても、あの日に勝る射精を得る事は出来ない。
僕はどうすればいいのだろう…。


それから数年後、僕は東京で暮らしはじめ、ある一人の女性に出会った。
その子が僕に衝撃的な告白をした。


私ね、学生の頃電車で登校中に車内で制服に精子かけられた事あるの!酷くない?

その時、僕はそういう男ってマジキモいよね…。
なんて罵ったんだけど、
本当はこう言いたかったんだ…


嬉しいっしょ?
興奮したっしょ?
だってジャンボに書いてたよ?
【2005.07.13 Wednesday 01:25】 author : ポルキス佐藤
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南南西より東北東を狙い撃て
中学校にあがるとすぐに新しい友達が出来た。
そいつらとの奇跡体験アンビリーバボーを語るにはこのblogなんかじゃいささか容量が足りないかもしれない。
そんな中学の思い出アルバムを少しづつめくっていこうと思う。


僕はまだ二足歩行がままならない時期から両親のスキー板に乗せられてスキーを楽しんでいたそうだ。小学生の頃におじいちゃんが撮影した8mmフィルムにもその様子が焼き付けられていた。頼りない記憶の中でだが小学生の卒業アルバムにはスキー選手になりたいと書いたような気がする。
僕は当然のように当時スキー大会(大回転の部)で優勝する事が出来たし、同年代の誰にも負けない自信があった。
そんな僕が何故スキー選手になる事を諦めたのか、或いはブーツを脱ぎ捨てたのか。

それはあの英雄、イタリアのアルベルト・トンバと僕が出会った日の事だった。

当時僕が住んでいた町ではす●らんスタンプシールというのがあって、町で100円の買い物をすると一枚もらえるシールがあった。それを150枚だったか集めると一冊となり500円分の買い物、もしくは色々なイベントに使う事が出来た。
冬になるとす●らん10冊でスキー旅行に行ける企画があった。
僕は父に頼んでこの企画に参加する事にした。そして友人のGEORGEともっちゃんもこの一泊スキー旅行に参加する事になった。平たく言えばす●らん30冊役者は揃ったのだ。

朝早くにバスに乗り込み、一眠りすればそこは白銀の世界が広がっている。
僕らはスニーカーを脱ぎ捨て、ゲレンデに舞い降りた。
昼間、僕らは大会が行われているスキー場でアルベルト・トンバの滑走を目撃した。トンバは僕の憧れの存在で、彼のようになりたいと僕はトンバの滑走をビデオに録画して何度も観ていた。
周りの友人達がスーパーカーに憧れ、そのスピードに胸を熱くする中、僕だけはトンバの滑走にそのスーパーカーのスピードを凌駕する力強さを見つけていた。

そんなトンバの滑走に熱くなり、僕はその日の夜、ナイターで彼の滑走を再現しようと決めた。



そしてその夜


僕とgeorgeともっちゃんの三人は互いを急かすように食事を済ませた後、準備も早々に外に出た。

三人が揃うまで、僕はペンションの周りを暇をつぶすために散歩した。入り口から出て駐車場に向かう。僕はそしてソレを見た。


湯けむりを



周囲の状況を図で紹介しよう

a


入り口を出て駐車場に立ち、踵を返すと、右側にかすかに見える湯けむりが昇る姿を視界に捉える事が出来る。
湯けむりを正確に言うならばそれは“状態”でしかないが、根源にあるものを正確に言おうとするならばそれは“浪漫”であり、言葉に飾り文字を添えれば

“女、乳露わに入浴状態”


である。加えて言えばライトアップされたスキー場の明りが湯けむりに色を添え、ほんのり薄いピンクに見えた。

僕がその湯けむりを宿命的に発見してすぐにgeorgeが入り口から現れた。僕はgeorgeに息を殺し、しかし確かに伝わるような声で状態を伝えた。

ぉぃ、見ろよ!浪漫!浪漫!見えるか?浪漫

スキーブーツは大地との間に板を挟まぬ限り悪意的に歩きにくい靴である。そのスキーブーツを身につけながらgeorgeは雲の上を散歩するような軽さで走ってきた。そして踵を返し、ソレを見た。

george、お前には見えるか?浪漫が。

あぁ、はっきりとな。浪漫が。


実はこの時、既にもう一人の友人もっちゃんは既に滑走しにスキー場に向かっていた。スキー場で待ち合わせる事にしてたのだが、僕とgeorgeはその事をすっかり忘れてしまい、目の前の浪漫を見ていた。

目指すか?あの浪漫を

どちらから言うわけでもなく、僕とgeorgeは同じ志を胸に、浪漫に向かうのだ。しかし周囲を把握しようとあたりを見回すと、ペンションの二階にバスガイドの姿があった。そして故意的に窓辺を、つまりこちら側に構えていた。
僕達に気付いているわけでもなく、ぼんやりと景色を見ているだけのようだったが、誰もいない夜の駐車場を堂々と横切る事でバスガイドに見つかる事は不本意だった。しばらくバスガイドが窓から離れるのを監視していたが、どうやら視線を反らすつもりはないように見えた。

しびれを切らしたgeorgeが提案を持ちかけた。

歩伏前進で目指すか

今にして思えば二階にいるバスガイドからすれば歩伏前進した所で視界に入る確率は同等であるはずだし、仮に見つかった場合を考えると絶対的に逆方向の選択をしたような気がするが、僕達は疑う事なく、歩伏前進で進んだ。

バスガイドの視界をくぐり抜け、僕達は浪漫まであと数十メートルの場所まで辿り着いた。しかしそこから先は整備されず、白銀は僕達の背丈もあろうかという程に積もっていた。足を一歩前に進めると重いブーツを履いた僕達の体は腰まで白銀に埋もれた。

ブーツが僕達の足枷となるとは。

僕達はこのブーツを呪った。

この靴は滑走するためなのではないのか。

この靴は誰よりも早くゴールに辿り着く為の手段ではないのか。


この靴は僕のを叶えてはくれないのか。


僕はがむしゃらに頑張った。
そして手の届く距離に浪漫を見た。

数歩先を歩んでいたgeorgeが白銀を抜け、ついに浪漫をその手に掴んだ。
そしてgeorgeは浪漫に身を包み、僕を呼んだ。
「早く来い!」

白銀の世界を超え、その先の浪漫に僕は走り出す。

僕とgeorgeは浪漫に身を包まれながら肩を並べた。
そして零れた。


男湯じゃないか…


その時既に2時間余りの時が経っていて、まもなくもっちゃんはナイターから返ってきた。僕とgeorgeはスキー板を抱え、足枷となるブーツを履き、ある意味滑った。僕とgeorgeはす●らんスタンプ合わせて3000枚を使い、何を得たのだろうか。それは永遠に分からないけれども、あれから10年以上経つというのに、場所を東京に移し、同じ区内で相変わらずな毎日を過ごす僕達の関係は、あの日のリベンジをするまで終わらないと薄っすら感じている。
【2005.07.03 Sunday 14:31】 author : ポルキス佐藤
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HEY BOY,  HEY GIRL,  HEY パンツ,
女のパンツってめちゃくちゃ小さいって知ってる?


小学校三年生の頃だった思う。
僕は哲也とよく遊んでいた。哲也との遊びは主にエロ本収集。近くの川原に出掛けると何故か濡れたエロ本が八割方手に入る。濡れたエロ本はページ間が張り付いていて慎重にめくらないと続きを読む事が出来なくなるという非常に特殊な読み物なのだ。ただその焦らされた分、より官能的に、より感動的にエロ本の世界に入り込む事が出来るというのは経験者なら分かるだろう。多分エロ本というのは濡らして読むべき物或いは一度濡らし、乾き、パリパリで読むべき物と相場は決まっているのだ。コンビニで売ってるエロ本も、濡らして売れば上場だ。

そんな濡れ本が僕と哲也を結ぶキーワードで、逆に言えばそれ以外に哲也と遊ぶメリットは皆無だった。


そんな薄っぺらな僕と哲也に大きな絆を築いた一大イベントが始まろうとしていた。冒頭に述べた疑問符こそ、薄っぺらな哲也の僕への問い1だった。


え?めちゃくちゃ小さいの?

哲也
めちゃくちゃ薄っぺらいよ


え?どんぐらい?

哲也
ガチャガチャのカプセルに閉じ込められるもん




という事は、哲也は試したという事か。
何故女のパンツを手に入れ、何故カプセルに閉じ込めたのか考えるのもおぞましいが、彼はやってのけたようだ。いとも簡単に。


哲也
手に入るけど行く?


僕が考え事してるにも関わらず言葉のかぶせ。僕はまるで熱狂的なオカルト信者のように、哲也の力強い御言葉に乗ってみようと素直に感じた。


哲也と僕が向かったのは哲也の家からそう離れていない場所だった。そこに若い女性が住んでいるそうで、外に下着がいつも干してあるという。簡潔に言えば下着を盗む、窃盗罪だ。

その家のベランダからは確かに洗濯物の映像が目に飛び込んできた。
そしてその洗濯物の中に実に堂々とした優雅な姿で干されていたパンティを見た。僕はしばしその干された黒いパンティを眺めていた。その僕の心情はスウェーデンの全てが氷で作られたホテルの最上階からオーロラを眺めるような心情だった。それが見事なまでにゆらゆらと揺らめいていたからだ。

哲也はそんな僕を嘲笑うように洗濯物に向かって行く。覚悟を決めた人間ほど恐ろしいものはない。こちらを振り向く事なく、哲也は洗濯物に手を伸ばし、黒いパンティを抜き取った。
僕と哲也はそこから数メートル程離れた家と家のわずかな隙間に入り、そのパンティを広げた。


哲也
な?小さいだろ?


薄いね。パンティ越しに世界が見えるじゃん

哲也
もう一枚持ってくるわ


哲也は曇りのない真っ直ぐな意志で洗濯物に向かっていき、今度は白いパンティを抜き取ってきた。その迷いのない行動を見て、常習とは素晴らしいと感じた。
僕の手に中にある黒いパンティを見つめているうちに、突発的衝動にかられた。


このパンティ、穿いてみたいんだけど。

僕はどうしてもそのパンティの穿き心地を知りたかった。そして知る必要があった。何故なら我々には性別があり、それは外界に飛び出す以前、神の意志によって与えられたもので、その与えられた性別という義務を我々は真っ当しなければいけないのだが、真っ当するには我々は……(以下360文字程度省略)
つまり、これらを踏まえた正当な判断により、僕はパンティの穿き心地を確かめる必要があったのだ。

少しばかり時間があき、哲也は僕に提案を持ちかけた。

哲也
じゃあさ、ジャンケンで勝った方が穿けるってのはどう?


完璧な提案だった。仮令全国民を前にしてのプレゼンであったとしても国民は深くうなずいていたであろう完璧さがあった。そして僕らは勝った方がパンティを穿ける画期的システムを導入し、初代パンティ穿きを決めた。パンティは僕を選んだ。

穿き心地についてどう表現したら適切なのだろうか。
男のパンツは穿いている感覚であり
女のパンツは穿かされている感覚である。
男のパンツは自由、開放、尊重をおもんじ
女のパンツは執着、監視、包容をおもんじ
それらは対称的位置に身を置きながら実に見事に互いに釣り合っているのだ。


涙が溢れそうだった
勿論情けなくではない。感動のあまりにだ。
僕のその感動が哲也に伝わったのだろう。
再び哲也はジャンケンを申し入れた。

そして再び、僕は勝った。
今度は純白のパンティを穿いてみた
穿き心地について…(以下同文)


その日、白と黒の二枚のパンティを収穫した僕らは現場から数メートル程しか離れていないそこに簡易的な容器を用意し、その中に大事に閉まった。家と家の間の狭いその場所に誰かが来るなどとは考えられなかったので僕らはその場所をサンクチュアリと名付け、重宝する事にし、解散した。


それから僕らは数回に渡り、軽犯罪を繰り返した。その度に例のシステムを用いたが、僕はそのほとんどを勝利した。いや、パンティが僕を選ぶと言った方が適切なのかもしれない。









ある日、S先生に僕と哲也は呼び出された。

S先生
二人とも、どうして呼び出されたか分かる?

学校に通報があったわ





僕と哲也は通報されたのだ。
何よりも悲しかったのは僕のその癖を、S先生に知られてしまった事だった。
結局持ち主は子供のいたずらだからという理由で大事にはしたくないと学校への通報だけで済ませてくれた。そしてS先生は両親には今回は言わないと約束してくれた。
S先生
その代わり人の物はもう盗らないと約束してくれる?

僕も哲也もライウ゛の終盤に差し掛かったX-JAPANの最前席にいるかのように首を上下させた。だからその後の記憶は何やらごちゃ混ぜになってしまっている。




哲也との交遊はその後も続いたが、別々の高校に進学した時点で交遊記録はストップした。たまに町で見かけたが、会話を交わす事はなかった。
風の噂で、当時流行したエアマックスなどのハイテクシューズを盗むハイテク狩りをしていると聞いた。町を歩く彼の姿を視界にいれながら、喉まで出かかった言葉を僕は飲み込んだ。

HEY BOY!そんなナンセンスな事すんなら、サンクチュアリにパンツ納めに行こうぜ
【2005.06.28 Tuesday 13:47】 author : ポルキス佐藤
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さらばベルリンの壁  ギブミーチョコレート
1989年
ベルリンの壁は崩壊された
TVでは壁の上に立ち、ハンマーを振り下ろす若者の映像が流されていた。
僕は当時、歴史の背景は知らなかったけれど、
世界の形はどんどん変わっていくんだと感じた。
地球は相変わらず丸いけれども。。。


その五年前

僕は保育園に通っていた。
家から50メートルほどの保育園で、母親が迎えにくるのを毎日待っていた。
保育園では何を学んでいたのか全く覚えていないのだが、唯一の楽しみがお昼寝の時間だったのは覚えている。
大抵の人はこの時間を規則に忠実に睡眠に費やすが、僕はいつも寝たフリをしていた。僕の隣に布団を敷いていたのが近所に住んでいた坂本さんだった。それは禁断のあそびだった。

お昼寝タイムが始まってしばらくは、僕達が騒がないように先生が見張っている。その時間をうまく寝たフリでやり過ごす事は案外難しい。何故ならお昼寝タイムは食後だったし、遊び盛りの僕達は園内の庭で際限なく遊びまくった後だからだ。その後に強制的に目を瞑らされ、物音一つしない部屋で布団の中に入ってしまえば睡魔はいやでも襲ってくる。アメリカに敗戦し、アメリカ民主主義とチョコレートをばら撒かれた日本で暮らしているとはいえ、この権力にほとんどの者は抵抗する事も出来ずに夢の中へ堕ちてゆくのだ。

しかしその時間を乗り越えた時、僕らにチョコレートよりも甘い時間が与えられる。


先生がドアを開け教室から出ていくバタンという音とほぼ同時に、隣に布団を敷いて同じく寝たフリをしているであろう坂本さんの寝具内に体を滑らせる。坂本さんはまるで出張から戻ってきた夫を玄関先で待つような、或いは雨の日に、ダンボール箱に入れられ捨てられた子犬が拾ってくれた人を見るような目で僕を見つめている。
僕は限られた時間を充実させようと坂本さんを抱きしめた。
彼女も僕の体を、知らない部分があるのを恐れるように隅々まで弄る。
お互いに恋や愛という言葉は知らなかったし、もしも知っていたとしても、僕らの衝動を掻立てているのはそういった類いのものではなかったと思う。
それは純粋な探究心であったし、夏休みにしか会う事が出来ない従兄弟と一緒に、カブト虫を探しに知らない森を歩くような、純粋な好奇心によく似ていた。

互いの体を触り合い、次第にその手は互いの下半身に伸びていった。

坂本さん

「何これ〜?木みた〜い」

坂本さんは硬くなった僕のペニスを握りそう言った。



「臼みたい」



僕らはソレが何故違うのか理由は知らなかったが、僕についているソレと坂本さんについているソレに夢中になった。そして僕らはその互いの体を弄る行為を小学校にあがるまで続けた。

振り返ってみれば、僕はあの頃無知であった事にホッとする。もしも僕に知識があって、坂本さんに「僕の木を使って餅つきしよう」と言っていたならば、つまり僕が坂本さんの上に乗り、ハンマーを振り下ろし、ソレを壊してしまっていたならば、欲望はきっと満たされ、ベルリンの壁は今も東と西を分断させていたかもしれない。




アメリカに負け、僕らはチョコレートの甘さを知った。
戦後、日本はどのように変わったのか、そしてこれからどう変わっていくのか、僕には知らない事が多すぎるけれども、チョコレートが簡単に手に入るこの世の中に、僕は結構満足している。
【2005.06.19 Sunday 22:49】 author : ポルキス佐藤
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月面への着陸は人類の偉大なる一歩なのか
1969年にアポロ11号が月面着陸したらしい。それが人類の偉大な一歩なのか僕にはピンと来ないが、僕個人の偉大な一歩について記録しておきたい。



最古の記憶から僕の記憶は止まっていて、いつから言葉を覚え始めたのかは記憶の奥底に眠ったままだ。けれど僕が始めて歩けた日については幸いにも記憶の片隅に残っている。ネタじゃなくて。




僕が始めて地球を歩いた日
あるいは歩かされた日について



具体的に何故そのような段取りになったかは残念ながら憶えていないが、僕は外にいた。外はやけに風が強く、耳の中で風の音がゴーゴー鳴っていた(気がする)。
たしかあれは春だったはずだ。黄色いタンポポが道路の脇で咲いていたのを記憶しているからだ。僕は母ちゃんに抱かれながらそれを見ていた。視界の片隅には父ちゃんの姿もあった。


突然


母ちゃんと父ちゃんは当時の僕には理解しきれない言葉のやり取りを始め、共に同意した。今思えばそこで僕は泣くべきだったのかもしれない。夫婦の間で何を話したのか分からないが、母ちゃんは僕に向かって



「じゃあ挑戦してみよっか♪」




今一度考えてみて欲しい。僕は夫婦間で何が話されたかは分からないが、仮にも当時僕はまだこの世界で何が起きているのかすら把握出来ていないわけだ。自分が何故生まれたかすら分からず、これからゆっくりベビーベッドの中で考えてみようと思ってる年頃なのに関わらず、突然


「じゃあ挑戦してみよっか♪」


何に対する挑戦なのか。僕はこれから何が始まるか分からず困惑した顔を母ちゃんに見せたと思う。しかし返ってくるのは母ちゃんの煌びやかな笑顔ばかり。首を横に振ろうと笑顔増すばかり

不安になって父ちゃんの方に視線を流すと、父ちゃんも笑顔。たちが悪いのは数メートル僕達から離れて観戦しているではないか。大人ならば数メートルだが僕にとっては地球ほどの差はそこにはあった。

母ちゃんは僕を大地に降ろした。そこで僕は悟ったのだ。


歩かされる


僕はまだ不安定なバランス感覚で必死に大地に足を下ろし、アスファルトの感覚を味わった。またまた信じてもらえないのは千も承知だがスニーカーのサイズが合ってないんじゃないか?と思った記憶すら実は残っているのだ。(兄のおさがりの為)

僕が必死にバランスを保っている隙に、母ちゃんは父ちゃんの方へ走っていくではないか。一体何が始まるんだ?不安で顔が歪む僕。

すると母ちゃんと父ちゃんはその場にしゃがみこみ、



「おいで〜♪」



何をこの夫婦はとち狂った事を言っているんだろう。自分の子が恐怖心たっぷりの表情をしているのに関わらず。
先にも述べたが風が耳元でゴーゴー鳴る中、僕は無防備な状態で母ちゃんと父ちゃんの元に歩かなければいけないわけだ。選択肢はそれ以外にあるだろうか?強制とはこういう状態を言う。

僕は必死に母ちゃんと父ちゃんの元に向かって歩いた。横からは風が僕を襲い、少し横に流された記憶がある。必死に母ちゃんと父ちゃんの元へ足を進めた。その道のりは本当に遠く、いつまでも父ちゃんと母ちゃんの元に辿り着けない気すらしていた。そこで悪夢は起きた。僕が足元を見ていた瞬間にそれは起きた。



父ちゃんと母ちゃんは明らかに後ずさりしていたのだ!



あり得るだろうか。答えはノーだ。人として許せない行為である。僕が曲がった大人になったのはこのせいなのかもしれない。そして僕はその行為を見てついに

泣いてみた



その泣き声により僕は救われた。大地から離れ、母ちゃんの胸の中に再び戻る事が出来た。しかし、あいにく僕はそんな卑劣な行為をする母ちゃんの胸の中にいる事すら嫌でさらに泣いた。ベビーベッドに戻る為に…。

そして僕は泣いた事によりベビーベッドに戻る事に成功したのだ。




さて、完全な作り話のような話だろう。
実はこの事件は僕は納得がいかず、小学生の頃だろうか。両親に尋ねた事がある。現実にやはり起きていた話だった。そして何を思ったのか父ちゃんと母ちゃんは僕の記憶力を過大評価し、塾に通わされ、医者弁護士になるよう長期にわたり言い続けたのだ。



人類は月面に着陸し、人類の偉大なる一歩を月面に残した。
その一歩はこれからも永遠に語り継がれていくだろう。
僕の一歩は僕自身の記憶の片隅にしか残されていない。

けれど思うのだ

人はそれぞれ偉大なる一歩を成し遂げて成長している。

僕はそのそれぞれの一歩こそ評価してあげたいと。


なんて美しくまとめてみたけれども、信じてもらえなきゃどうしようもないね…。
【2005.03.02 Wednesday 23:08】 author : ポルキス佐藤
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